誰にでも同じように応えることは、本当に親切なのだろうか?
最近、なかなか考えさせられるネット記事を読みました。

日刊SPA!の
「客30人を出禁にして『年商2倍』に。飲食店が“迷惑客”を切り捨てたら優良客が戻ってきた納得の理由」
https://nikkan-spa.jp/2157602
という記事です。
なかなか刺激的なタイトルです。
「30人も出禁にして大丈夫なのか?」と思って読んでみると、単純に「気に入らないお客さんを追い出した」という話ではありませんでした。
小さな飲食店で、周囲のお客さんが困るような行為を繰り返したり、注意しても聞き入れてもらえなかったりする場合に、店側が一定の線を引くようにした。
すると、それまで嫌な思いをして店から離れていたお客さんが戻ってきた。結果として、客単価が上がり、年商も約2倍になったという話でした。
これを読んで、医療の世界も他人事ではないなと思いました。
医療では、時間も人手も無限ではありません
診療所にも、もちろんいろいろな患者さんが来られます。
病気になれば不安になります。
痛みがあれば余裕もなくなりますし、認知機能の低下や心身の不調などによって、説明を一度で理解することが難しい場合もあります。
ですから、単純に「困った患者さん」と片づけてしまう話ではありません。
医療者の側が、その背景を考えることは大切です。
一方で、現実の診療所にはもう一つの問題があります。
時間も、人も、体力も無限ではないということです。
何度説明しても同じ問い合わせが続く。
一日に何度も電話がかかってくる。
受付で長時間の対応が必要になる。
一人の対応にスタッフ一人がずっとつききりになる。
こうしたことが続くと、その患者さんだけの問題では済まなくなります。
電話に出ている間、受付の患者さんを待たせます。
一人のスタッフが対応に追われれば、別のスタッフの仕事が増えます。
残業が増えます。
疲れて人が辞めてしまえば、残ったスタッフはさらに忙しくなります。
そして人手が足りなくなれば、今度は普通に受診している患者さんをお待たせすることになります。
待ち時間が長くなれば、また別の苦情が出てくる。
なかなかの悪循環です。
「自分は待ちたくない。でも自分には時間をかけてほしい」
これは医療に限らないのだと思います。
飲食店でも、ホテルでも、役所でも、学校でも、宅配でも同じような話を聞きます。
「自分は待たされたくない」
でも、
「自分の話はゆっくり聞いてほしい」
「自分だけは融通を利かせてほしい」
人間ですから、その気持ちは多少なりとも誰にでもあるのでしょう。
私自身だって、行列に並べば「早く進まないかな」と思います(笑)。
ただ、全員が「自分だけは特別に」と言い始めると、仕組みそのものが回らなくなります。
医療も同じです。
一人の患者さんに十分な時間をかけることは大切です。
しかし、そこに使える時間には限りがあります。
誰か一人に予定以上の時間を使えば、その時間はどこからか持ってこなければなりません。
たいていは、次に待っている患者さんか、スタッフの休憩時間か、診療終了後の時間から持ってくることになります。
時間には、なかなか厳しいところがあります。
増刷できません。
この10年くらい、医療でも「選択と集中」が大切になってきました
医療の経営について勉強していると、「選択と集中」という言葉をよく聞くようになりました。
何でもやる。
誰のどんな希望にも応える。
24時間いつでも同じように対応する。
それが理想に見えることもあります。
しかし、それを続けた結果、スタッフが疲れ果て、医師も疲れ果て、診療所そのものが続かなくなったら、結局は地域の患者さんが困ります。
小さな診療所でできることには限界があります。
だから、
何をきちんとやるのか。
そして、
何はできないのか。
その線を決めておくことも、医療を長く続けるためには必要なのだと思います。
波乗りクリニックでも、現在の診療体制の中で、できることとできないことを考えながら診療を続けています。
内科・総合診療の外来診療と、訪問診療・在宅医療は、これからも大切な柱です。
一方で、人員や院長自身の体力も含めて、何でも際限なく引き受けることはできません。
これは患者さんを選びたいという話ではなく、
必要な医療を、これからも続けるための話
なのだと思っています。
医療は飲食店とまったく同じではありません
もちろん、今回の記事をそのまま医療に当てはめることはできません。
医師には、正当な理由なく診療を拒んではならないという医師法上の応招義務があります。(あるとされていますが、これは解釈の仕方によります。)
厚生労働省も、患者の病状や緊急性、医療機関の対応能力、代替となる医療機関などを踏まえて考える必要があると整理しています。
※私個人としてはそもそも法律は医療現場となじまないと常々考えています。
ですから、
「面倒だから診ません」
という話ではありません。
一方で、医療従事者への暴言や暴力、過度な要求を「医療だから仕方がない」と無制限に我慢すればよいわけでもありません。厚生労働省も、患者等による暴言・暴力などへの備えや対応について医療機関向けの資料を公開しています。
患者さんを守る。
スタッフも守る。
そして、普通に受診している多くの患者さんの時間も守る。
この三つを同時に考える必要があります。
たぶん、そこが一番難しいところです。
スタッフを守ることは、患者さんを守ることでもあります
診療所は、医師一人では動きません。
受付がいて、看護師がいて、事務スタッフがいて、それぞれが毎日いろいろな仕事をしています。
スタッフが疲れ果てて辞めてしまえば、診療所の力は確実に落ちます。
残った人の負担が増え、その人まで辞めてしまうこともあります。
人手不足の時代です。
「代わりの人を募集すればよい」と簡単にいかないのは、医療に限らず多くの職場で同じでしょう。
だから私は、スタッフを守ることも診療所の大切な仕事だと思っています。
スタッフが穏やかに働ける。
患者さんも落ち着いて待てる。
医師も無理をしすぎず診療を続けられる。
完璧ではなくても、そんな状態を長く維持する方が、結局は地域のためになるのではないでしょうか。
「断ること」は、必ずしも冷たいことではない
今回の記事を読んで一番考えたのは、ここでした。
私たちはつい、
「断る=冷たい」
「全部引き受ける=親切」
と考えがちです。
でも、そうとも限りません。
一つの要求に無理をして応え続けた結果、スタッフが疲れ果て、他の患者さんへの対応が悪くなれば、それは本当に親切なのか。
何でも受け入れた結果、その店や診療所自体が続かなくなれば、もっと多くの人が困ります。
長く続けるためには、どこかで線を引くことも必要です。
これは仕事だけでなく、家族関係や介護にも少し似ています。
何でも自分一人で引き受けていると、ある日突然動けなくなることがあります。
できないことは、できない。
人に頼めるところは頼む。
距離を置いた方がよいところでは、少し距離を置く。
人間はなかなか思い通りにはいきませんから、全部うまくやろうとしないことも大事なのでしょう。
医療も仕事も生活も、結局は長距離走です。
全力疾走だけでは続きません。
できることを、できる範囲で。
ときどき休みながら、ぼちぼち続ける。
今回の記事を読みながら、そんなことを考えました。
「お客様は神様です」という、とんでもない言葉もありましたが、神様が30人同時に電話をかけてきたら、受付もさすがに大変です(笑)。
誰かだけを特別扱いするのではなく、多くの人がそれなりに気持ちよく利用でき、働く人も無理なく続けられる。
これからの人手不足の時代には、そんな仕組みを作ることが、ますます大切になるのかもしれません。
※参考にした記事:日刊SPA!「客30人を出禁にして『年商2倍』に。飲食店が“迷惑客”を切り捨てたら優良客が戻ってきた納得の理由」

