完璧でなくても暮らしていける――猫から考える家族と在宅医療
猫的な、あまりに猫的な 人間たちの心を猫にする“哲学猫”120の言葉 白取 春彦 (著)

白取 春彦 (著)https://amzn.asia/d/09UUAArV
19世紀ドイツの街角に哲学する猫がいた―
すべての猫は毎日幸せだ。
他者をあてにせず、ねたまない。
最近、白取春彦さんの『猫的な、あまりに猫的な 人間たちの心を猫にする“哲学猫”120の言葉』を読みました。
タイトルからして、かなり猫です。
しかも登場するのは、ただかわいいだけの猫ではありません。ベルリンのカフェでコーヒーを飲み、古典語にも通じているという、なんとも怪しい「哲学猫」。その猫が残したという設定で、人生についての短い言葉が120編並んでいます。
かなり真面目なことを言っているかと思えば、急に身もふたもないことを言う。そのあたりも実に猫らしく、こちらが難しく考えすぎていると、前足でちょいちょいと頭を押されるような本でした。
たとえば本の前半には、「まずは食べる」「休むときには頭を休ませる」「生きるのに必要なものは案外少ない」といった方向の言葉が続きます。また、人生には喜びだけでなく、悲しみや退屈、挫折や別れも含まれていて、それを全部ひっくるめて人生なのだ、という考え方も出てきます。
こういう言葉を読んでいると、在宅医療の風景を少し思い出します。
病院では、どうしても病名や検査値、治療の内容が話の中心になりやすいものです。もちろん、それらは大切です。でも家に伺うと、その人の暮らしはそれだけではできていません。
今日ちゃんとご飯が食べられたか。夜は眠れたか。いつもの椅子に座れたか。家族と少し話ができたか。窓から庭を眺めたか。テレビを見て笑ったか。
そういう、一見すると医療とは関係なさそうなことが、その人の一日をかなり大きく支えています。
この本には「そこにいるだけで」という一節もあり、猫が一匹いるだけで風景が和らぐ、花が一輪あるだけで風景が変わる、では人が一人そこにいることで何が変わるのだろう、と問いかけます。
これは家族の介護にも、どこか通じる気がします。
介護というと、食事を作る、薬を管理する、着替えを手伝う、病院へ連れていく、といった「何をするか」が目立ちます。でも実際には、ただ同じ部屋にいること、時々声をかけること、本人の好きなテレビ番組を一緒に見ることも、その人の生活の一部です。
もちろん、家族だからといって、いつも優しくできるわけではありません。
何度も同じことを聞かれれば疲れますし、予定通りにいかなければ腹も立ちます。「もう少しこうしてくれたら」と思うこともあります。介護する側にも仕事や生活があり、体調の悪い日もあります。
猫ならそんなとき、おそらく少し離れた場所へ行って寝るのでしょう。
この「ちょっと離れる」という感じは、案外大事なのかもしれません。ずっと全力で向き合い続けることだけが、よい関係ではありません。家族にもほどよい距離が必要ですし、介護も百点満点を目指すと、する側もされる側も息苦しくなります。
できる範囲で手を貸す。難しいところは誰かに頼る。そして、一緒に笑えるところは笑う。
それくらいの余白があった方が、暮らしは長続きします。
本の中には「今を今らしく生きる」「与えられたものを喜ぶ」といった猫的な生き方も描かれています。
在宅医療でも、先のことをまったく考えないわけにはいきません。ただ、先の心配ばかりしていると、今日のお茶がおいしかったことや、天気がよかったことを忘れてしまうことがあります。
地域で暮らすというのも、壮大な話ばかりではありません。
近所の人が声をかけてくれる。いつもの薬局がある。買い物を手伝ってくれる人がいる。訪問看護師さんが来る。ヘルパーさんが来る。医療や介護だけではなく、いろいろな人が少しずつ関わることで、その人の生活が続いていきます。
在宅医療では、その人の暮らしそのものに触れます。病気があっても、年を重ねても、生活はその日その日と続いていきます。だから医療も、「病気をどうするか」だけではなく、「この人が今日をどう暮らすか」を一緒に考える仕事なのだと思います。波乗りクリニックでも、内科・総合診療と訪問診療・在宅医療を通して、地域で暮らす方々を支えることを大切にしています。
この本を読んでいると、人間は少し考えすぎなのかもしれない、と思えてきます。
将来のこと、人からどう見られるか、正解はどちらか、もっと頑張るべきではないか。
猫はおそらく、そんなことを考えません。
陽が当たれば寝る。腹が減れば食べる。嫌なら少し離れる。うれしければ喉を鳴らす。
人間はそこまで単純にはいきませんが、ときどき猫くらいの尺度で生活を眺め直すのも悪くなさそうです。
ちゃんと食べる。少し休む。近くにいる人を大事にする。そして、今日ちょっと笑えたら、それで十分な日もあります。
人生も介護も医療も、なかなか思い通りにはいきません。
そんなときは、完璧を目指すより、陽だまりを見つけて少し丸くなる。
猫に笑われない程度に、ぼちぼちやっていきたいものです。


