『ぜんぶ、すてれば』を読んで――手放すことで、少し身軽になる

「ぜんぶ、すてれば」中野 善壽 (著) https://amzn.asia/d/02OAmHOr

中野善壽さんの『ぜんぶ、すてれば』を読みました。

なかなか思い切ったタイトルです。

「いやいや、全部捨てたら困るでしょう」

と、つい突っ込みたくなりますが、この本でいう「捨てる」は、単なる断捨離の話ではありません。

過去へのこだわり、人からどう見られるかという気持ち、予定、目標、仕事への執着など、知らないうちに自分を重たくしているものを手放して、今日を生きよう、という本です。中野さんは「何も持たない」ことを軸に、過去や未来に縛られず、目の前の一日を大切にする生き方を語っています。

病気をきっかけに、書斎の大掃除

この本を読んでいて、今年、自分がやった片付けのことを思い出しました。

私の大腸癌が分かったのは、令和8年4月21日でした。

その後、ゴールデンウィーク前後に手術を受け、術後補助化学療法が始まるまでの間は比較的体調がよかったので、妻と、帰省していた娘に手伝ってもらい、書斎や2階の部屋を片付けました。

私はもともと、ものを捨てるのが苦手です。

屁理屈を言えば、「片付け」とは「片方に寄せて付けること」なので、捨てなくても片付けではないか、と長年考えてきました。

もちろん、そんな理屈で生きていると、ものは増えます。

子どもたちが大学進学で家を出た後の子ども部屋も、いつの間にか私の物置になっていました。

本、レコード、CD、DVD、昔の電化製品。

一つ一つには、それなりの思い出があります。

つまり、ものを所有していたというより、ノスタルジーを所有していたのだと思います。

「いらないもの」ではなく「大事なもの」から捨ててみる

片付けというと、普通は「どうでもいいものから捨てる」と考えます。

ところが今回は、逆にしてみました。

「大事なもの」

あるいは、

「大事だと思い込んでいるもの」

から手放すことにしました。

中学生の頃、アルバイトをして買ったレコードも処分しました。
※昔は中学生のアルバイトも認められていて、かなり貴重な労働力になっていました。

これは、なかなか勇気がいりました。

けれど考えてみると、仮に100歳まで生きたとしても、今あるレコードやCD、DVDを全部もう一度聴いたり見たりする時間は、おそらくありません。

数百枚のレコード、数千枚のCDやDVD、数千冊の本、古い電化製品などを手放しました。
家族もあきれ顔です。

スチールの棚もかなり処分したので、もしかすると総重量では数トンあったのではないかと思います。

ブックオフだけでなく、娘に教わりながらメルカリも使いました。

病気になって、新しい技術を覚える。

人生、何がきっかけになるか分かりません。

思い出は、捨ててもなくならない

『ぜんぶ、すてれば』の中には、ものだけでなく、思い出や過去へのこだわりも手放していく、という考え方が出てきます。

中野さんの考え方はかなり徹底しているので、全部を真似する必要はないと思います。

私も、家も車も時計も全部いらない、という境地にはまだ達していません。

たぶん達しません。

この人はお金も全部寄付しているというのですからとてもマネできません。

ただ、

「持っていること」と「大切にしていること」は、案外別なのかもしれません。

レコードを手放しても、中学生の自分がアルバイトをしてそれを買った記憶まで消えるわけではありません。

本を処分しても、その本から考えたことまでなくなるわけでもありません。

思い出というのは、意外に丈夫です。

ものがなくなっても、結構しぶとく残っています。

病気になると、「いつか」が少し怪しくなる

病気をすると、時間の感覚が少し変わります。

別に悲観的になるということではありません。

ただ、

「そのうち読む」
「いつか見る」
「いつか使う」

という「いつか」が、本当に来るのだろうか、と考えるようになります。

これは、がんになったから急に人生観が完成した、という話ではありません。

そんなに立派なものではありません。

相変わらず無駄な買い物もしますし、ものも増えます。

ただ、時間も体力も無限ではない、という当たり前のことが、少しだけ現実味を持って感じられるようになりました。

『ぜんぶ、すてれば』でも、中野さんは「今日」を大切にすることを繰り返し語っています。将来を心配しすぎたり、準備が整うのを待ったりするより、今できることに集中する、という考え方です。

これは病気に限らず、年齢を重ねても、仕事が忙しくても、子育てや介護の最中でも同じなのかもしれません。

人生には、ときどき「棚を捨てる」ことも必要なのかもしれない

今回の片付けで、私が先に捨てたものの一つが「棚」でした。

棚があると、そこに何か置きたくなります。

収納スペースがあるから、ものが増える。

ならば棚そのものをなくしてしまえばいい。

これは、案外人生にも似ている気がします。

予定を詰め込める余白があるから予定を入れる。

人付き合いを増やせるから増やす。

仕事も頼まれれば抱え込む。

気がつけば、ものだけでなく、時間や役割まで満杯になっています。

医療の現場でも、人は病気だけを抱えて生活しているわけではありません。

仕事があり、家族があり、家事があり、介護があり、趣味があり、昔からの習慣があります。

在宅医療では、その人の家に伺うので、その「暮らし丸ごと」がよく見えます。

何を増やすかより、

「これはもうやめてもいいのではないか」

と一緒に考えることが役立つ場面もあります。

薬でも、予定でも、役割でも、ものでも同じです。

人生には足し算だけでなく、引き算も必要です。

ぜんぶ捨てなくてもいい

もちろん、私は「ぜんぶ、すてれば」とまでは言いません。

大事なものは、大事に持っていればいい。

思い出の品を眺めて幸せなら、それは十分に役に立っています。

ただ、

「これは本当に今の自分に必要だろうか」

と、ときどき考えてみるのは悪くなさそうです。

ものでも、予定でも、昔からの習慣でも。

人間は、気づかないうちにいろいろなものを背負います。

背負うこと自体は悪くありません。

でも、重くなってきたら、一つくらい下ろしてもいい。

私の場合は、まず本棚とレコードからでした。

ずいぶん部屋が広くなりました。

そして不思議なことに、少しだけ頭の中まで広くなった気がします。

病気があっても、暮らしは続いていきます。

予定通りにいかないこともあります。

それなら、持っている荷物を少し減らしながら、できる範囲で身軽にしていく。

全部捨てる必要はありません。

まずは、「たぶんもう使わないけれど、なぜか持っているもの」を一つ。

そのくらいから、ぼちぼちでいいのではないでしょうか。