『怖い客』矢樹純|こんなに気持ちよく騙されるとは!伏線回収が見事な短編集

どーも。久しぶりの読書日記です。

怖い客 (PHP文芸文庫)
矢樹 純 (著)https://amzn.asia/d/01Y8N2gM

私の読書傾向は、どうも周期的に変わるようです。

時代小説に凝っていたかと思えば、しばらくするとサスペンスが読みたくなり、はたまた活字を追うのが面倒になって漫画に走ったり、Netflixのドラマにはまったり。

そんな気まぐれな読書生活を送っていますが、今回は久しぶりに、実に面白いミステリー小説に出会いました。

矢樹純の『怖い客』(PHP文芸文庫)です。

「カスハラ」が気になって手に取った一冊

この本は、読書好きの知人から勧められた一冊です。

ちょうど世間では「カスタマーハラスメント」、いわゆるカスハラが話題になっていた時期でした。

『怖い客』というタイトルを見て、これはまさに今の時代にぴったりの小説ではないかと思い、手に取ってみました。

本書は、さまざまな接客の場面を舞台にした5編からなる短編集です。

洋菓子店、葬儀場、コールセンター、脱毛サロン、書店など、私たちの身近にある場所で、何やら不穏な出来事が起こります。

登場するのは、一見すると少し変わったお客さんたち。

最初は単なる困った客の話かと思って読み進めるのですが、これがなかなか一筋縄ではいきません。

例えば、最初の「一点さん」。

ある洋菓子店に、いつも長時間居座りながら、商品を一つだけ買って帰る奇妙な女性客が現れます。

彼女はいったい何を目的に店を訪れているのか。

店員たちの間に疑念が広がり、やがて思いもよらない騒動に発展していきます。

……と、あらすじはこのくらいにしておきましょう。

これ以上書くと、せっかくの楽しみを奪ってしまいそうです。

とにかく伏線の張り方と回収が見事!

読んでみて、まず思ったのは、

「この作家、本当に頭がいい!」

ということです。

何気ない会話、さりげない人物描写、日常の中に紛れ込んだ小さな違和感。

それらが実に巧妙に配置されています。

読みながら、こちらもそれなりに推理しているつもりなのです。

「なるほど、そういうことか」

「きっとこの人物が怪しいんだろう」

などと、分かったような気になって読み進めるのですが……。

これが見事に騙される。

しかも、最後になって振り返ると、きちんと手がかりは示されているのです。

決して唐突などんでん返しではありません。

読者をある方向へ自然に誘導しながら、最後にそれまでの景色をがらりと変えてしまう。

その手際が実に鮮やかです。

伏線を張るだけでなく、それをきれいに回収してみせるところに、この作品の醍醐味があります。

騙されたのに、なぜか気分がいい

実生活で人に騙されるのは、もちろん御免です。

ところが推理小説やサスペンス小説では、事情がまったく違います。

むしろ、上手に騙されるほど嬉しい。

作者の仕掛けにまんまと引っかかり、最後になって「そういうことだったのか!」と膝を打つ。

この瞬間の気持ちよさは、ミステリーならではの楽しみではないでしょうか。

本書では、その快感を何度も味わうことができました。

しかも、ただ意外な結末を用意しているだけではありません。

登場人物の言動や人間関係が丁寧に描かれているので、読者は自然に物語の中へ入り込みます。

そして、いつの間にか自分自身の思い込みに気づかされる。

怖いのは、本当に目の前のお客さんなのか。それとも、私たちが勝手に作り上げた人物像なのか。

そんなことまで考えさせられる、なかなか奥行きのある短編集です。

短編集だからこその読みやすさ

もう一つ気に入ったのは、短編集であることです。

長編小説も好きですが、まとまった読書時間を確保できないと、なかなか先へ進まないことがあります。

その点、本書は一編ずつ区切って読むことができます。

仕事の合間や、ちょっとした空き時間にも読みやすい。

とはいえ、いったん読み始めると続きが気になって、ついページをめくってしまうのですが。

それぞれの物語に異なる仕掛けが用意されているので、最後まで飽きることがありません。

矢樹純という作家を知らなかった!

実を言うと、私は今回初めて矢樹純という作家を知りました。

こんなに面白い作品を書く人がいたとは!

すっかり気に入ってしまい、読み終わってから文庫化されている作品を片っ端から読んでしまいました。

一冊の本をきっかけに、新しいお気に入りの作家と出会える。

これもまた読書の大きな楽しみです。

最初は「カスハラ」という社会的な話題に引かれて読み始めたのですが、そんなきっかけを忘れてしまうほど、純粋にミステリーとして楽しませてもらいました。

おわりに

『怖い客』は、日常の中に潜む不気味さと、人間の思い込みを巧みに利用した、よくできたミステリー短編集です。

何より、伏線の張り方と回収が素晴らしい。

最後まで作者の手のひらの上で転がされていたような気分ですが、不思議と悔しくありません。

むしろ、これほど気持ちよく騙してくれてありがとう、と言いたくなります。

ミステリー好きの方はもちろん、普段あまり推理小説を読まない方にも楽しんでいただけると思います。

気持ちよく騙されたい方に、おすすめの一冊です。


書籍情報

  • 作品名:『怖い客』
  • 著者:矢樹純
  • 出版社:PHP研究所
  • レーベル:PHP文芸文庫
  • 発行:2026年7月17日
  • 収録作品:「一点さん」「恨人様」「ノゾキさん」「三日月さん」「サトリ夫人」