クリニックも他人事ではないカスハラ対策――『王様のレストラン』第1話から考える

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令和8年10月1日、カスハラ対策が事業主の義務に
2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。
対象となるのは接客業や小売業だけではありません。クリニックも無関係ではありません。
※しかし、私個人は患者さんをカスタマーとは思っていません。強いて言うならばクライアントでしょうか???
さて、実際、クリニックで仕事をしていると、患者さんやご家族、さまざまなクライアントから多くの要望を受けます。その大部分は当然の質問や要望ですし、こちらの説明不足や対応に問題があって、お叱りを受けることもあります。
一方で、ときにはスタッフへの暴言や威圧的な言動、長時間にわたる執拗な要求、診察室での居座り、本来対応できないことの強要など、「これは通常の苦情や要望とは違うのではないか」と感じるケースもあります。(これまで何度か110番通報したこともありますね。)
カスハラ対策というと、そんな現場で働く人をどう守るのかという問題でもあります。
そんなことを考えていたら、ふと思い出したドラマがあります。
『王様のレストラン』です。
1995年に放送された、三谷幸喜さん脚本の作品です。もう30年以上前のドラマですが、私がこれまで観てきた中でも特に気に入っている一本です。
もし無人島にDVDを一つだけ持っていっていいと言われたら、これにするかもしれません。
もちろん、無人島にDVDプレイヤーと電源があればの話ですが。
そして第1話「この店は最低だ」を久しぶりに観てみると、驚くほど現在のカスハラ問題に重なるところがありました。
以下、第1話の内容に少し触れます。
「この店は最低です」
舞台は、先代オーナーシェフを失い、すっかり活気をなくしたフレンチレストラン「ベル・エキップ」。
先代の息子・六郎は店を継ぐことを決め、かつて父と一緒に働いていた伝説的なギャルソン・千石に助けを求めます。
しかし千石は、店の現状を見て厳しい一言を放ちます。
「この店は最低です」。
予約客の名前を覚えていない。料理について尋ねられても説明できない。客同士が話しているところへ割り込む。テーブルの花や食器の扱いにも問題がある。
千石は次々と店の問題点を指摘していきます。
ここが、今観ても面白いところです。
カスハラ対策は「何でも客が悪い」という話ではない
カスハラという言葉が広まるにつれ、少し気になることもあります。
それは、店や施設への苦情まで何でも「カスハラ」の一言で片づけてしまわないか、ということです。
『王様のレストラン』は、その点でもバランスがいい。
ある客が自分の飲みたいワインを注文しようとすると、ソムリエは料理との相性を理由に、別のワインを何度も勧めます。
それを見た千石は、ソムリエは熱心だけれど、自分の意見を押しつけすぎていると指摘します。客が飲みたいワインを楽しんでもらえばいい、というわけです。
つまり、
「客が怒った。だから悪い客だ」
とは描かないのです。
店側に問題があれば、まず店側が改める。
これはクリニックでも同じだと思います。
待ち時間が長かった。説明がわかりにくかった。スタッフの対応がよくなかった。予約や会計の手続きに不備があった。
そうしたことに対する指摘や苦情は、内容をきちんと聞かなければなりません。
苦情を言われたからといって、それだけでカスハラになるわけではありません。
しかし、どこかには一線がある
一方で、客だから何をしてもいいわけではありません。
第1話では、ワインをめぐって客の態度が次第にエスカレートしていきます。
ソムリエに高圧的な態度を取り、ついには「お前」と呼びつける。
そこで千石が前に出ます。
店側に失礼があったのなら謝罪する。しかし、従業員に対する横柄な振る舞いまで受け入れるわけではない。
そして千石は客に退店を求めます。
ここで登場するのが、『王様のレストラン』を代表する「お客様は王様」をめぐる、あの有名なくだりです。
「私は先輩のギャルソンにこう教えられました。お客様は王様です。しかし、王様の中には首をはねられた者も大勢おります。」
何度観ても痛快です。
ただ、今観ると単なる「失礼な客をやっつける爽快なシーン」とは少し違って見えてきます。
「患者さんだから仕方がない」でいいのだろうか
クリニックにも、これと似た問題があります。
もちろん、患者さんは体調が悪かったり、不安や焦りを抱えていたりすることがあります。普段なら言わないようなことを口にしてしまう場合もあるでしょう。
そうした事情を想像することは大切です。
しかし、それとスタッフへの暴言や威圧、人格を傷つけるような発言、社会通念を超える要求まで無制限に受け入れることは、別の問題です。
実際には、患者さんやご家族、クライアントへの対応にスタッフが苦慮することもあります。
これまでは、そんな場面でも、
「患者さんだから仕方がない」
「こちらが我慢すれば済む」
「とにかく怒らせないようにしよう」
と、受付やスタッフ個人の我慢や対応力に頼ってしまうこともあったのではないでしょうか。
しかし、それでは対応する人だけに負担が集中してしまいます。
2026年10月からのカスハラ対策を考えるとき、重要なのはまさにこの部分だと思います。
現実には千石さんはいない
ここで『王様のレストラン』に戻ります。
千石は格好いい。
経験豊富で、言葉遣いも巧み。店側の落ち度も見抜き、客の横暴にもひるみません。
しかも、ただ客を追い返して終わりではありません。
退店させた客の代金については、自分で払うと申し出ます。
自分の判断に自分で責任を持つ。
だからこそ、単なる「客と喧嘩する格好いい人」ではなく、千石のプロとしての姿勢が際立ちます。
でも現実の職場に、
「困ったら千石さんを呼んでください」
というわけにはいきません。
千石さんはいないのです。
ここがドラマと現実の違いです。
だからこそ、誰か一人の経験や度胸に頼らない仕組みが必要なのでしょう。
どのような要求には対応するのか。
どこからは管理者が対応するのか。
暴言や威圧が続いた場合にはどうするのか。
一人で対応させないためにはどうするのか。
そして、スタッフが困ったとき、誰に相談するのか。
こうしたことを、問題が起きてから慌てて考えるのではなく、あらかじめ組織として考えておく。
クリニックにとっても、今回のカスハラ対策義務化は、そうした仕組みを見直す機会になるのではないかと思います。
「お客様は王様」と「働く人を守る」は矛盾しない
『王様のレストラン』第1話が今観ても面白いのは、「客か店か」という単純な二者択一にしていないところです。
サービスする側が悪ければ、千石は容赦なく問題点を指摘します。
料理を説明できないギャルソンも、自分の好みを押しつけるソムリエも、それではいけない。
一方で、働いている人間への敬意を失った客には毅然と対応する。
良いサービスを提供することと、理不尽な言動に耐えることは同じではない。
ここが重要なのだと思います。
これはレストランでも、クリニックでも、基本的には変わらないのでしょう。
患者さんやクライアントの話を丁寧に聞くこと。
こちらに問題があれば改善すること。
正当な苦情にはきちんと対応すること。
その一方で、スタッフに対する暴言や威圧などまで、「患者さんだから」「お客様だから」という理由だけで受け入れ続けないこと。
この二つは対立するものではありません。
30年以上前のドラマから、令和8年のカスハラ対策を考える
もちろん、『王様のレストラン』はカスハラ対策を教えるために作られたドラマではありません。
ましてや、千石の対応をそのまま現実の職場で真似すればいい、という話でもありません。
それでも第1話には、今につながるものがあります。
客を大切にする。
自分たちのサービスに問題があれば反省する。
正当な苦情には耳を傾ける。
しかし、働く人の尊厳まで差し出す必要はない。
そして、それを現場の一人に背負わせない。
2026年10月1日からのカスハラ対策義務化を前に、私たちも「どこまでが正当な要望で、どこからが許容できない行為なのか」を改めて考える必要がありそうです。
そして、その線引きを現場のスタッフ一人ひとりに任せるのではなく、組織として共有しておく。
30年以上前の『王様のレストラン』第1話。
笑えるドラマとして観ても十分に面白いのですが、令和8年の今、カスハラという視点から観返すと、また違った面白さがあります。
そしてやっぱり、千石さんは格好いい。
現実には千石さんはいないからこそ、
「千石さんがいなくても、スタッフを守れる仕組みを作る」
今回のカスハラ対策義務化を前に、そんなことを考えながら久しぶりに観た第1話でした。
私が確認している限りでは、DVDやブルーレイで見ることが出来るのと、FOD(フジテレビオンデマンド)で配信されているようです。またAmazon Prime VideoのなかのサブスクリプションでFODの契約が出来るようですね。

